百科事典との出会い

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ウィキペディア百科事典なので、最初は百科事典の話です。子どものころ大学生の兄の部屋に、平凡社世界大百科事典がありました。背表紙がずらっと並んでいたのを覚えています。中学生のころ家を建て替えたとき、応接間の本棚にブリタニカの百科事典がずらっと並びました。父は学者ではなく会社務めをしていましたが、家の中には本と雑誌が山のようにあり、新聞も何紙もとっていました。そういう家で育ったことが、司書になろうと思ったきっかけのひとつです。もっとも百科事典を特によく使ったというわけではありません。

大学ではドイツ文学を学びましたが、仕事に就くあてはなく、卒業後に司書の勉強をしようと図書館学校に入りなおしました。先生方は皆アメリカに留学し図書館・情報学を学んでらしたので、カリキュラムも講義内容もすべてアメリカ流でした。きっと留学したらこうなんだろうなと想像しますが、出される課題の量が半端でなく、人生でこんなに学んだ時は無いと思うくらい朝から晩まで勉強しました。

心に響いた講義の一つに、長澤雅男先生の「参考調査法」がありました。レファレンスブックというものを系統だって学び、その中のひとつ「百科事典」が、「それが生れた時代の知識の総体を測る、バロメータである」と説明され、ひどく心をゆさぶられました。独文科で少し触れたゲーテの『ファウスト』の主人公が、あらゆる知識を得て世界の根源を極めようとしていた、ということが頭の片隅をよぎりました。

そのうちに卒業論文のテーマを決める時期になり、アメリカ流の図書館学に少し反発していた私は、ドイツの『ブロックハウス百科事典』(写真は第14版)をテーマに選びました。この事典は19世紀始めに創刊され、何度も改訂を重ねて20世紀後半には第17版がでていました。そこで「図書館」という項目を選び、初版から最新版までその項目にどのようなことが書かれているのか、調べてみることにしたのです。ドイツ人の頭の中にある「図書館」像の変遷を追った、ということになるでしょうか。

第13版以降は都内のいくつかの大学図書館に所蔵されていたので、実際に見ることができました。第12版以前は大学図書館を通じて、出版したドイツのブロックハウス社に問い合わせ、該当ページのコピーを送ってもらいました。図書館て、実にいろいろなことをやってもらえるんだ、と知った初めての体験でした。

19世紀のドイツといえば、神聖ローマ帝国が崩壊し、ナポレオン敗北後のウィーン体制が続き、1871年ドイツ帝国が成立した時代です。20世紀に入って第一次、第二次世界大戦を経て、東西ドイツの冷戦構造が続いていました。こうした時期に版を重ねた百科事典には、激動し拡大する社会情勢が様々な形で反映されているのがよくわかりました。そして書き上げた論文では、百科事典を通して図書館を見ると同時に、図書館を通して百科事典を見る、という経験をすることができました。

こういう形で百科事典にはずいぶん親しみましたが、卒業後は事典を編纂するような仕事にはつかず、ましてや自分が百科事典を執筆するなど思いもかけない日々を過ごしました。