集合知を知る

大向一輝『ウェブがわかる本』

集合知」という概念を知ったのは、2005年から仕事をするようになった渋沢栄一記念財団でのことでした。その頃財団では業務に関係する勉強会が頻繁に行なわれていて、確か2006年頃開催された、渋沢敬三に関する研究がテーマの勉強会の時でした。

渋沢敬三渋沢栄一の孫で、祖父の後を継いで第一国立銀行の仕事に就きますが、元々学究肌で民俗学関係の多くの人材を育てた事でも知られています。その関心の範囲は広く多岐にわたり、漁業史や民俗学関連の膨大な標本を集めていました。2万点におよぶ民具コレクションは敬三の没後に曲折を経て大阪千里の国立民族学博物館に収蔵され、コレクションの一つの核になりました。そうした敬三の多彩な足跡を研究していたアメリカの研究者が、勉強会で研究手法について話をしてくれました。その中に、「集合知」に関するものがあったのです。

その時は「集合知」あるいは「collective intelligence」というような言葉ではなかったと思うのですが、一つの研究対象について多くの研究者が各自わかることをだんだんに集合させ、当初は不完全であったものが次第によりよいものにまとまっていく、そういった印象の話でした。最初から完璧を目指すのでない、という姿勢を新鮮に感じたのを覚えています。
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私が所属していた実業史研究情報センター(現在の情報資源センター)のミッションは、渋沢栄一や実業史に関する情報を、主にウェブサイトを通じて発信する、というものでした。それまで誰もやっていなかったことに挑戦することになり、毎日が手探りの連続でした。その最中の2007年に大向一輝著『ウェブがわかる本』が岩波ジュニア新書として発行され、藁にもすがる思いで買って読みました。インターネットが広がり始めた時期で、若者向けに書かれた内容は、だいぶ硬くなっていた私の頭にも素直に入ってきました。

その中の第3章「ウェブを形づくるしくみ」には、「ブログ」「SNS」に続き「集合知」が取り上げられていました。集合知は「みんなの知識や知恵を集めること、またそうやって集めた知識のかたまり」で、「それぞれの人たちは好きなことを勝手にやっているのに、全員分の結果を集めてみると、協力したように見えてしまう」という点にも触れられていました。その事例として挙げられていたのが、「ウィキペディア」でした。

そこに書かれていることを要約すると、「選ばれた専門家が書く普通の百科事典と違い、ウィキペディアはウェブに参加している人なら誰でも執筆できる。2001年にスタートし、項目の数は毎年2倍のペースで増え、2007年4月時点で英語版に170万以上の項目がある。日本語を含め251の言語で計690万項目が載っている。自分が表現した知識が、誰かの役に立つと実感できるからこそ、多くの人が参加している」となります。その頃ウィキペディアについては、インターネット上で目にする機会もありましたが、誰がやっているのかよくわからず、半信半疑な眼で眺めていたものです。しかしこの本を読んで、いつか自分もウィキペディアに参加して記事を書いてみたい、と思うようになりました。

『ウェブがわかる本』を執筆した大向一輝さんは、当時国立情報学研究所の若き研究者でした。2012年になってある機会に直接お目にかかることができ、ひたすら感激してツーショットをフェイスブックにアップしたものです。大向さんは2019年に東京大学へ移られ、コロナ禍での大学教育と研究を支える重要なお仕事を積み重ねておられます。こういう方と同時代を生きられるのはつくづく幸せだと思っています。しばらく前にこの本のことを大向さんに話したら、「もう事例がすっかり古くなってしまって、ほんとは書き直さなければいけないんですけど」とおっしゃってました。しかし事例は確かに古くなっていても、「ウェブとはなにか」「ウェブとつきあう心構え」のような点は少しも古びていません。若者はもちろん高齢者にとってもまだまだ役に立つガイドブックだと思います。

さて本を読み終わった後には、その年に仕事で「ブログ」を書き始め、プライベートでも2010年から「ブログ」と「SNS」(当初はtwitter、その後facebook、その他instagramとLINEは少し)を順次やり始めましたが、「集合知」もしくは「ウィキペディア」を始めるのはまだしばらく先の事でした。
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書影について。本の書影をウェブサイトに載せる場合、著作権保護の観点から私はこれまで半分以下の画像のみ載せていました。しかしある時、「版元ドットコム」のサイトで確認すれば載せられる本があることを知り、それからいつもそこで確認して、OKであれば全体を載せるようになりました。大向さんの本もOKでした。

■大向一輝著『ウェブがわかる本』岩波ジュニア新書、2007 
 https://www.iwanami.co.jp/book/b271271.html