「古賀書店」の記事ができるまで

古賀書店閉店の貼り紙 2022年12月27日筆者撮影

東京神田神保町にある古賀書店について知ったのは、おそらく40年以上前のことだと思います。音楽書の専門古書店で、本や雑誌のほかに楽譜も置いてありました。奥の方にはオーケストラのスコア(総譜)もあり、外国の作品だけでなく日本人作曲家の楽譜も見かけました。私がいつも楽しみにしていたのは演奏会プログラム冊子のコーナーで、箱の中に外国の有名なソリストやオーケストラの公演プログラムが、1冊ずつビニールの袋に入って並べられていました。多分コレクターが亡くなった後に遺族が手放したものでしょう。その箱を繰っていくと日本人作品の初演演奏会プログラムがたまにあるのです。何度か掘り出し物を見つけて仲間に自慢したものでした。

その古賀書店が閉店すると聞いたのは、2022年12月始めの事でした。そういえば1年くらい前から立ち寄っても、古い本でなく新しい楽譜ばかり並んでいたりしたので、客層が変わってしまったのかと気になっていましたが、きっと閉店準備のモードに入っていたのでしょう。友人がフェイスブックで12月末に閉店するらしい、と嘆いていましたが、どうすることもできません。せめてWikipediaに記事でもあればと探しましたが何もないので、これは一つ書いてみようかと思い立ちました。まずはNDL Onlineで「古賀書店」を検索すると20件ほどヒット。驚いたことにそれは古賀書店に関する資料でなく、古賀書店自体が出版した本の書誌がほとんどだったことです。中に一つだけ古賀書店に関する雑誌記事があったのですが、NDL館内閲覧のみでした。いずれにせよ資料が少なくてWikipediaにたいした記事は書けないなあと思いました。しかし若い友人にそれをつぶやいたら「ぜひ執筆してください!」と、背中をぐいっと押されたのです。

そこで12月14日に永田町のNDLに出かけ、館内閲覧のみの資料を確認し必要ページを出力しました。その帰りに神保町に出て古賀書店に立ち寄ると、いつもは他の客はめったにいないのに、その日は何人もの客でいっぱいでした。書架はかなりスカスカで、「2000円以上のお買い上げで全品50%Off」とセールの張り紙がありました。レジで店の人が客としゃべっているのが聞え、「閉店セールを始めたら毎日来客がいっぱいで、24日までの積りだけど品があるかどうか」とのこと。外に出て外観の写真を撮ると、同じように名残惜しそうに撮影している人がいました。

家にある資料で古賀書店が載っているのは、以前別の古書店から入手した小川昂『本邦洋楽文献目録』だけでしたが、頭をめぐらして『東京古書組合百年史』というのが昨年出版されていたのを思い出し、近くの図書館から借り出しました。しかしこれには個々の書店の歴史などは書かれておらず、かろうじて直近の名簿に古賀書店を発見できただけでした。そうした中で12月20日東京新聞に、古賀書店閉店の記事が出たのです。そこには閉店の経緯や常連の人たちの言葉がいろいろと載っていたので、これを出典にできる!と思わず声をあげそうになりました。さらに元気付けられたのは、翌21日にNDLデジタルコレクションがリニューアルされた事です。早速「古賀書店」を検索すると、なんと847件もヒットするではありませんか。全文検索の威力をまざまざと見せつけられた思いでした。その内600件以上は館内閲覧のみでしたが、ヒット箇所のスニペットが表示されるのでざっと見ていくと、ほとんどは古賀書店の出版案内のようでしたので、必要な記事はそれほど多くないと見当が付きました。そこで翌22日に再び永田町に出かけ、2時間半ほどの館内閲覧で500件までチェックして必要記事をメモしたり出力したりしました。

こうして集まった情報を整理してみると、「古賀書店自体の記事」「通った音楽家たちの記事」「南葵音楽文庫に関する記事」の3つにまとめられました。これに最初にわかった「古賀書店の出版した書籍情報」を加えてまとめ、Wikipediaの原稿を作りました。ここまでやるとやはり見ていない100件余りの記事が気になったので、NDLデジタルコレクションを再度検索し、今度は「マイコレクション」に必要記事を10件ほどピックアップして準備。27日の年内最終開館日にNDLに出かけて「マイコレクション」の記事を閲覧し、ダメ押しの記事を発見して入手しました。また神保町にも立ち寄ると、古賀書店の入り口には「12月24日をもちまして閉店させていただきました。沢山のお客様に恵まれまして、感謝しております。長い間、ありがとうございました。古賀書店」という貼り紙がありました(写真)。そのメッセージを胸にきざみ、原稿を手直しし、その日の夜に記事を公開しました。

翌朝起きて記事を見てみると、既に別のウィキペディアンにより記事が手直しされ、「新しい記事」の候補になっていることもわかりました。そして翌29日には早くも「新しい記事」としてWikipediaメインページに掲載されたのです。ここに載るとたくさんのウィキペディアンの方が見てくださるので、実際に何人かのウィキペディアンによって記事にいくつも手が入り、書誌事項の書き方を整えてくださる方、インフォボックスや写真やカテゴリーを整えてくださる方などいらして、どんどん記事がグレードアップしていきました。Wikipediaは確かに成長する百科事典なのだ、としみじみ感じ、また「集合知」とはこのことか、と実感したものです。こうして日本の音楽史に不可欠な古書店の情報を、ウェブの世界に残すことができました。

古賀書店|Wikipedia