「Wikimania2024参加記」を『ARG』に寄稿

『ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)』1021号(2024年8月26日発行)

アカデミック・リソース・ガイド株式会社(arg)の公式メールマガジン「ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)」1021号(2024年8月26日)に寄稿した、「Wikimana2024参加記」を再録します。メルマガの登録はこちらへ。

ウィキマニア2024参加記」

門倉百合子(独立系司書、ウィキメディアン)

【参加するまで】

世界中のウィキペディアンが集うウィキマニアが、昨2023年夏にシンガポールで開催され、翌年はポーランドクラクフで開催とありました。一度行きたかった所なのですが、時間はあっても旅費のあてはありません。どうしたら行けるか探ると、ウィキメディア財団による旅費の助成金制度があるとわかりました。開催地はその後、近くのカトヴィツェに変更されましたが、調べるとカトヴィツェはユネスコの音楽都市とわかり、こちらも俄然興味が湧いてきました。

12月に助成金の募集があり、応募書類をよく読んで記入しました。ウィキマニアウィキペディアンばかりでなく、ウィキメディア財団が運営しているいくつものプロジェクトを総称したウィキメディア運動に関わる、世界中のウィキメディアンのイベントです。ウィキメディア財団は多くのウィキメディアンが直接顔を合わせて交流することを大事に考えているので、参加者に助成金を出しているのです。応募書類を書く中で、こうした財団の理念などが自然と頭に入ってきました。

ウィキメディア運動に対して自分がどういう貢献ができるか、というのも応募のポイントでした。国際的イベントはどうしても英語が中心になりますが、私はあまり英会話は得意でありません。しかし半世紀以上オーケストラでビオラを弾いて来た経験があり、言語によらないコミニュケーションの価値を身につけているつもりです。そこでウィキメディアンのオーケストラを編成してウィキマニアで演奏したらどうか、と提案してみました。

今年の3月になり、ウィキマニア2024の主催チームから応募が通ったと連絡がきました。そしてイベントのプログラムの募集が4月にあったので、自分で書いた本『70歳のウィキペディアン』についての発表を応募しました。その後長々と待ったあげく、6月下旬にあなたの応募は通りませんでした、と連絡が来ました。
世界中からたくさんの応募があったそうで、コラボレーションを大事にする集まりの中で個人だけの活動は優先順位が低かったのかな、と理解しました。あるいは5月のESEAP(ウィキメディアの東アジア、東南アジア、太平洋地域の大会)ですでに発表していたので、重複は削られたのかもしれません。

一方でオーケストラの提案については直接の連絡はありませんでしたか、6月半ばに「ウィキオーケストラを企画したので誰でも参加ください」という案内がありました。早速そのサイトを見ると、経験は問わないのでどなたでも、とあります。実は12月に応募書類を出した後で、もし自分の楽器を持って行くとしたらリスクが大きいから、どうしたものかと躊躇していたのです。ところが楽器はレンタルもできる、とあり、それなら迷うことはないのですぐにエントリーしました。

するとこの企画を主導しているドイツのルーカスさんからすぐに連絡があり、参加者同士の連絡用Telegram に誘われました。Telegram はSNSの一種で、5月に参加したESEAPのときから利用するようになっていたので、もちろんOKと返事しました。ルーカスさんはウィキメディア・ドイツ協会の方で、楽器はクラリネット、編曲もなさるので、オーケストラの企画をどんどん進めて行かれました。もともとウィキメディア・ドイツ協会では、年次大会の際に小編成の楽器演奏が続けられていたのです。

曲目はポーランドを代表する作曲家ショパンピアノ曲のアレンジと、ポーランド南西部のシレジア民謡と決まり、楽譜が共有ファイルに入れられました。シレジア民謡はポーランド語で歌うことになり、歌い手は大変ですが私は伴奏なので掛け声だけです。お手本の音源も共有され、各自自宅で練習して本番に備えました。必要な情報は全てウェブ上で共有、公開されていて便利でした。

・2024:WikiOrchestra
https://wikimania.wikimedia.org/wiki/2024:WikiOrchestra

ポーランド、カトヴィツェにて】

さて、ウィキマニア助成金で参加する人(スカラー)には、8月7日から10日の会期中に数時間のボランティア活動が要請されます。8月に入ってから各自宛に、ボランティア活動の具体的内容の連絡が来ました。私は7日初日の午前中、4つのセッションの記録係です。英語の聞き取りの自信はあまりありませんでしたが、事前に公開されているプログラムのレジュメをよく読んで備えました。

・Wikimania2024プログラム|「70歳のウィキペディアン」のブログ
https://wikipedia70.hatenablog.com/entry/2024/07/21/164258

8月5日に日本を発ち、クラクフを経て6日にカトヴィツェに着きました。日本からの参加者6人はそれぞれまったく別のルートでしたが、6日には揃って夕食を共にし、初対面の方とも打ち解けることができました。そしていよいよ7日のウィキマニア初日、記録係の担当セッションが直前に10日に変更されたのです。それでもせっかく予習したセッションを聞こうと会場に入りました。ウクライナの現地からのオンライン報告や、ロシアの百科事典のセッションは満員の盛況でした。

2日目の8月8日には、さえぼーこと北村紗衣さんによる、「なぜ日本のテレビ番組は、何もわかっていないのにWikipediaの編集にこだわるのでしょうか」のセッションがありました。私は普段テレビをほとんど見ないのでまったく知らなかったのですが、ウィキペディアを扱った日本のテレビ番組の実態に驚きました。
それをシェークスピア学者の視点で鋭く追求されるさえぼーさんの姿勢にあらためて感銘を受けました。明確な論旨を澱みない英語で語られ、満員の聴衆からのいくつもの質問にも間断なく答えておられました。

・Why Do Japanese TV Shows Insist on Editing Wikipedia While Understanding Nothing about It? / KITAMUERA Sae
https://www.youtube.com/watch?v=nzcrkCxt8-M

今回のウィキマニアには世界143の国と地域から、1000人近い参加者があったそうです。さらにオンラインも加えると全部で2300人とか。休憩時にたまたま隣あった海外の方と、思わず話が弾んでしまうこともしばしばありました。英語が母語でない方も多く、お互い片言同士でもウィキメディアという共通基盤があるので理解が進むのでしょう。

私は発表の機会はありませんでしたが、自著を持参し会話の中で紹介に努めたところ、幸いなことに多くの方が興味を持って下さいました。3日目の昼休み時間に行なわれた各国の図書館員の集まりに誘われたので出席し、ここでも本の紹介をしました。
4日間の会期中に200以上のセッションがあり、個々の運営にはボランティアの力が大いに使われています。記録係のほか、進行を管理するルームマネージャーや、写真を撮ってウィキメディア・コモンズにアップする係などがあります。スカラーは何かしらの係を担当することで、ウィキマニアというイベントの本質を自然に理解していくのです。

4日目午後にはユージン・オーマンディさんによる、「日本、マレーシア、トルコとのウィキメディア友好会」のセッションがありました。友好会を共に運営しているマレーシアのタウフィクさん、トルコのジャナさんに続き、ユージンさんが日本のコミュニティの状況を話されました。ウィキマニア等、海外のイベントに参加する日本人がこれまで少なかった理由として、日本語というバリアがあること、またグローバルな展開に興味を持つ人が少なかったことを挙げられました。しかし今回は日本から6人の参加があり、これからの展開が期待されます。

【ウィキオーケストラ】

私の参加したウィキオーケストラは、3日目の8月9日夜にリハーサルがありました。主導するルーカスさんが念入りに準備してくださったこともあり、短時間のリハーサルでも音楽を形にして行くことができました。4日目の8月10日午前中には音響調整があり、私の記録係の時間と重なってしまったのですが、日本から参加しているTさんが快く交代してくださいました。

さてその4日目最終日、夕方からの閉会式でいよいよウィキオーケストラの本番です。メンバーの1人でギター奏者ゲレオンさんが「ウィキペディアと音楽」と題するキーノート・スピーチをされ、続いてルーカスさんによるメンバーと曲目の紹介、そしてショパンの合奏と続きました。また会の最後にシレジア民謡を歌付きで演奏し、楽しく閉会となりました。南アフリカやチリやアルゼンチンからはるばるいらした方、またウクライナからのメンバーもいて、和気あいあいと合奏できたのはなによりでした。

・「ウィキオーケストラ」はいかにしてポーランド音楽をウィキマニア2024で演奏したか|Diff
https://diff.wikimedia.org/ja/2024/08/15/%e3%80%8c%e3%82%a6%e3%82%a3%e3%82%ad%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%82%b1%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%a9%e3%80%8d%e3%81%af%e3%81%84%e3%81%8b%e3%81%ab%e3%81%97%e3%81%a6%e3%83%9d%e3%83%bc%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%89/

1000人近い参加者全員の集合写真を撮るというので会場の外に出ると、遠くからドローンが飛んできて写真を撮っていきました。隣にあるカトヴィツェ国立放送交響楽団の建物で閉会パーティが行なわれ、出会った多くの方々と交流を楽しみました。3日目に知り合ったルーマニアの図書館員の方たちが、ウィキオーケストラの演奏を褒めてくださったので感激しました。その他にも知り合った多くの方々が声をかけてくださって話が弾み、はるばるポーランドまで来たかいがあったとつくづく感じました。

盛りだくさんな4日間でしたが、若くもなく英語が得意でもない私も自分のペースでいろいろと学ぶことができました。英語以外のコミュニティの方も大勢いて、それぞれに多彩な活動をしていることも知りました。どの方もオープンな姿勢で、困ったことがあるとすぐに助け舟を出してくださり、嬉しかったです。ベビーカーの親子から車椅子のお年寄りまで、世界各国からの多様な世代による交流の風景は忘れがたいです。終了後も種々のTelegramで会話が延々と続いており、自分の意識がどんどんグローバルに広がっていくのを実感しているところです。

ウィキマニア2024: 愛をこめて|Diff
https://diff.wikimedia.org/ja/2024/08/15/%e3%82%a6%e3%82%a3%e3%82%ad%e3%83%9e%e3%83%8b%e3%82%a22024-%e6%84%9b%e3%82%92%e3%81%93%e3%82%81%e3%81%a6/

[筆者の横顔]

門倉百合子(かどくら・ゆりこ)。人生100年時代をWikipediaの編集で満喫している独立系司書。1977年より種々の専門図書館で仕事を重ねる。2005年から2017年には公益財団法人渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター(現・情報資源センター)にて、「渋沢社史データベース」を始めとした種々の情報資源開発に携わった。2016年からWikipediaの執筆を開始し、2023年に『70歳のウィキペディアン:図書館の魅力を語る』(郵研社)を出版した。

※この文章はクリエイティブコモンズライセンスCC-BYにて公開します。