シャリテーとワールド・ドクターズ・オーケストラ

「COVID 19パンデミック時のオーケストラ演奏に関する声明」2020年8月改訂版

新型コロナウィルスの猛威が世界中に広がってきた2020年5月に、「COVID 19パンデミック時のオーケストラ演奏に関する声明」が、ベルリンのシャリテー大学病院の医師と、ベルリン・フィルほかベルリンの7つのオーケストラとの共同で出されました。オーケストラでは演奏者が密に並んで演奏するし、特に管楽器は息を吐きだす仕組みなので、この声明は奏者の息がどこまで飛ぶのか、ということ等の実証実験の結果を踏まえ、必要な対策をまとめたものです。声明の最初に「一般的防護措置」として咳エチケットや対人距離をとることなどがあり、次の「オーケストラの配置と楽器の推奨」では楽器の種類ごとに必要な事項が詳細に記されています。当時は日本でもオーケストラの演奏会が軒並み中止となり、どういう対策をとるべきか喧々諤々の議論が続いていました。その時期にドイツでこれほど大掛かりできちんとした声明がでたことに驚いたものです。これを知って私は音楽のことがなぜ病院からと思い、声明を出したシャリテー大学病院がどんな組織か知りたくなりました。

ウィキペディアをみると日本語版に「シャリテー」の記事があるものの、3行くらいしか書いてありませんでした。ドイツ語版はさすが詳しかったのですが、普段馴染みのない分野だったので、程よさそうな英語版を翻訳し日本語版に加筆してみました。翻訳といっても医学関係の知識は皆無でしたので、専門用語が出てくると一つずつ辞書でいつもより丁寧に確認し、間違いのないように気を付けました。人名も細菌学者のロベルト・コッホ以外は聞いたこともない人たちでしたが、多くのノーベル賞受賞者は日本語版に記事がありましたので、そちらへリンクを貼ることができました。日本語版に記事の無い人物については、英語版へリンクを貼る形でなんとかまとめました。馴染みのない分野でも元々百科事典の記事なので一般の人にわかりやすく書かれており、翻訳することはできるし、典拠がきちんとしていれば翻訳を日本語版に載せる意義があります。

やってみるとシャリテーがヨーロッパで最大級の大学病院であること、1710年の創設で当初はペストの流行に備えたものであったこと、シャリテーとは慈善(Charity)の意味であることなど、いろいろわかってきました。東西ドイツの時代、シャリテーは東ベルリンに位置し、「冷戦時代は東側の宣伝材料だった」とも書かれていました。現在は治療と共に最先端の研究教育機関でもあり、「研究する、教える、癒す、助ける」というモットーを掲げています。各国の大学病院と提携していて、日本は千葉大学埼玉医科大学の名前が挙がっていました。中国も上海と武漢の大学病院の名前があり、コロナ発祥の地とされる武漢からもCOVID 19について直接情報を得ていたのかと想像しました。

さて当初の疑問、音楽のことがなぜ病院から、ですが、その要にいらしたのが声明の筆頭に名前の出ているシャリテーの医師で医学博士の「シュテファン・ヴィリッヒ」(Prof. Dr. med. Stefan N. Willich)さんでした。彼は医師としての仕事の一方でワールド・ドクターズ・オーケストラ(WDO)という、世界中の医師からなるオーケストラを2007年に組織し、世界各国でご自身は指揮者として演奏活動を続けているのです。日本には全日本医家管弦楽団というお医者さんばかりのオーケストラがあるのは知っていましたが、世界規模でそうした団体があるのは知りませんでした。たまたま知人の医師AさんがこのWDOに参加していることがわかったので、いろいろと教えてもらいました。コロナ禍でヴィリッヒさんは世界中の医師たちに情報を提供し、励まし続けておられるそうです。ヴィリッヒさんの記事はドイツ語版ウィキペディアにしかなかったので、それを翻訳して出しました。そこにはベルリン・フィルなどと協力してオーケストラ演奏におけるコロナウィルスの影響を確認し、声明を出されたことも載っていました。ヴィリッヒさんは医学と並行して音楽も学び、先に翻訳したハンス・アイスラー音楽大学ベルリンの学長も務めたこともわかり、半端でない経歴に感嘆しました。

ワールド・ドクターズ・オーケストラ」の方は英語版の記事があったので、そちらから翻訳しました。このオーケストラの収益は医療支援団体や様々な社会活動プロジェクトに寄付されているそうです。2014年には日本でも演奏会を開いていることがわかり、いくつか典拠資料を見つけることができました。このブログのために今回久しぶりに記事を見たら、2020年時点では無かったドイツ語版の記事が出ていたので、その内容を日本語版に追記しました。WDOの公式サイトの方も見たところ、コロナ禍真っ最中であった2020年のコンサートはさすがにありませんでしたが、2021年からはドイツ国内を中心に再開されていることがわかりました。2022年にはヨーロッパ以外にもカリブ海の島アンギラや、米国ボストンなどで開かれ、2023年にはコスタリカや米国のダラスでも予定されているそうで、演奏活動は健在であります。